もう一つの忘れられない夏

サンバが流れるなか
暗転するホール
客席のサイリウムが目立ち始めたころ
微かか光を頼りに見える少女達のシルエット
そして…その中に紛れている
一人の、いや、一体の偶像





突如として強烈なライトに照らされる少女達
そして鳴り響く和のテイスト溢れる音楽
それに合わせて踊り歌う7人の少女
暗転しているうちから大体の目星をつけていた
そのうちの一人の少女が
確かに自分の崇めている神
いや、その偶像であることを確認する
そんなコンサート開始直後の恒例行事を行っているうちに
曲開始から36秒ほど経ち
最初の身震いがやってきた
そう、彼女のソロパートだ
今日、この身震いが何度くるのだろうか
そんなことを考えているうちに
すぐに本日、2回目の身震い





次の曲、少女の切ない失恋を歌った曲
この曲になると視界から徐々に色々なものが消えていく
手はその尊きものに対する当然の態度として
右手と左手が胸の前でピタリと合わさる
そしてその過程において
この世の中のものは
おおむね3種類に分類されることに気付かされる
そう、それは『彼女』と『自己』、そして『その他』だ





そして彼女が彼女たる所以
彼女が偶像であることの証左である
神より与えられしその究極の武器
その高音を弄ぶ様を魅せられ
齢14歳の女子中学生に心を弄ばれるという
30歳会社員としてあってはならない背徳感
そしてその背徳感により更に掻き立てられる
興奮と快感に思わず気絶しそうになる





彼女がもう一人の少女
超美少女、といってよい美少女に伴われ現れる
もう一人の美少女を見る
本当に美しい
頭の先から脚の先まで
全く持って非の付け所のない美少女だ
そう、男なら…
いや、人間なら1000人いれば1000人が好きになるであろう
そんな少女だ
しかし…僕はそんな非の付け所のない美少女よりも
彼女に惹かれてしまう
自分でもわかっている
それはヒトとして間違っている、と
そう、もう一方の少女を推すこと
それがまともである、と
それが健常人である、と
それくらいわかっている
わかってはいるが…
わかっていることが全て出来れば
世の中これほど楽なことはない
少なくとも僕は浪人もせず医学部に合格し
今頃、研修医を終え
どこかで普通に医師として勤務しているであろう
ひょっとしたら普通に結婚して
子供もいたかもしれない
少なくとも、だ
少なくともこの世界にいることはなかったであろう
しかし現実はそうじゃない
わかっていても間違ったことをしてしまうし
僕は今、ここにいるし
そして異常者と自覚しながら
彼女を信仰している





そんなことを思っているうちに
彼女が歌詞中にある
州 ・ v ・)『好き〜♪』
と歌った
その瞬間の彼女を見てしまった
そう、余計なことを考えていて僕に対し
彼女は全てを理解した上で
州 ・ v ・)『好き〜♪』
そう歌った彼女を
無防備に見てしまった
そして僕は…
膝からガクッと崩れ落ちた





彼女が2トップから1トップになった
彼女達のメジャーデビューシングル
インディーズ時代から彼女達のユニットは
僕にとって狂おしい存在ではあった
しかし、とある事件により
僕は彼女達と距離を置くようになった
そんな僕の頑な心を融かし…
いや、そうじゃない
融かしたのではなく
握り潰したのがこのメジャーデビューシングル
僕が初めて彼女の
その危険な存在感に心を許してしまった
全ての過ちの始まり
そんな曲を聴かされて
体は僕の意思と反して
30歳会社員がするには余りに恥ずかしい動きを強要される





そして体が、心がウォーミングアップを始める
秋田美人でも博多美人でも何でもいい
政財界を魅了?
それどころか11年後の総選挙の準備だろ!?
そんなことを思いつつ
体も心も温める





そして彼女の説法
彼女はメンバー7人でいるときは
本当に最小限のことしか喋らない
そう、空気と化す
今回のツアーのDVDマガジンでも
岡井ちゃんが一生懸命喋っているなか
一人、肉を、そしてご飯を
いつもの彼女の態度からすれば信じられないような
それはそれは見事なかきこみ方でかきこんでいた
そう、そんな彼女であるが
一人になると良く話す
確かに一人になって喋らなければ
それは放送事故になるが
しかし、だ
いつもの空気っぷりが嘘かのように
色々な表現を使い
どうすればより効率的に
我々信者に伝わるのかを考えた説法を始めるのだ
今回、僕が見た3回は残念ながら3回とも同じ内容で
早い話が彼女の母上が
彼女が学校から帰ってきたときに
お手製のミックスジュースを作ってくれるが
このミックスジュースのなかで
先日出来た新作の『桃+牛乳』のミックスジュースの
出来栄えが本当に素晴らしい
ただ、それだけのことを3回聞かされた
しかしながら、一回一回、如何に違う表現を用いて
その素晴らしさを伝えようか
そんな彼女の表現力とプロ意識に感心させられた





…まあ、これから起こることに比べれば
ホンの些細なことであったが…





彼女の説法もオチに近付き
彼女がスタッフが置いていったマイクスタンドを引き寄せる
それとともに高まる心を抑えるように唾を飲み込む





説法が終わり、彼女がマイクスタンドにマイクをセットする
心臓が体外に出たかと思うほど
鼓動が五月蝿くなる
そして彼女から宣誓される





州 ・ v ・)『聴いて下さい、通学ベクトル





イントロとともに頭が真っ白になる
真っ白になった頭が出す唯一の命令
それは
クラップして跳べ





一つになる会場
聴こえるのは彼女の歌声のみ
見えるのは会場全ての観客を
一人一人確認するかのように見ている彼女
そう、この場にあるのは2種類のものだけ
彼女とそれ以外の概念しか存在しないのである





気持ち良かった
某平泳ぎ金メダリストではないが
本当に気持ち良かった
感動した、とか良かった、ではない
気持ちが良いのだ
魂が洗われる
いや、そうじゃない
そうじゃなくて
魂が開放される
そんな言葉でしか表現出来ないような快感
誰もいないプライベートビーチで
真っ裸で泳ぎ走り回るかのような
いや、そんなのを遥かに上回る開放感と快感
兎に角気持ちが良かった
余りの気持ちよさに無我夢中に跳び
そしてクラップをし
気がつけば永遠とも思える
魂の開放の時間は終了したのであった





そこからは記憶が余りない
ただ、連番者の証言などを繋ぎ合わせると
とある曲では曲中ずっと跳んでいたらしく
また、ある曲ではいつものように踊ってたらしく
更に別の曲では
意識が飛んでいたせいか
見えないものが見えたらしく
何か怪しげな動きをしていたとか…





気付けばMCが入って
そして本編最後の曲
僕は自然とステージに近付こうと
前の椅子ピッタリのところまで前に出て
ただただ口を開けて呆けていた
そこは彼女と僕とその他だけの世界だった
彼女の声帯から発される音
ただそれだけに鼓膜が反応していた
そして僕はただバカみたいに呆けていた
何も考えられなかった
ただ…素晴らしい
それ以外は何も思い浮かばなかった
最後の最後、上手に捌けていく彼女を見て
思わず手を合わせて拝んでしまった





アンコールで出てきた彼女は
変なシャア専用サンバスタイル女子高生に絡まれていた
その女子高生との受け答えで
州 ・ v ・)『言ってません』
そう言ったときの彼女の表情は
最早、この世に神も仏もいない
いるのはかっぱ様だけだ
そんな世界の心理に気付かせてくれるには
充分過ぎるほど可愛かった





そして本当の最後
今、何故か僕がここにいてしまう
究極のきっかけとなった曲
小田原で初めてこの曲を見たとき
誰がこんな自分になってしまうと思ったんだろう
誰が?
一人いるじゃないか
一人、という数え方が正しいのかどうかよくわからないが
ただ一人、そんな未来予想図を描いていた存在がいた
そう、それこそがかっぱ様
僕がこうなるのも全て
かっぱ経典のどこかに書かれているのであろう
そして栞菜ヲタの連番者を村上に見立て
昔から彼女がやっていた
村上と手を合わせフィニッシュすることも
きっとかっぱ経典に書かれていたに違いない…